ヴァーチャル国家の台頭?

―――グローバリゼーションと統治行為

Richard Rosecrance, The Rise of the Virtual State: Wealth and Power in the Coming Century, New York: Basic Books, 1999.

Thomas Bernauer & Christoph Achini, "From 'Real' to 'Virtual' States? Integration of the World Economy and Its Effects on Government Activity," European Journal of International Relations, Vol. 6, No. 2, June 2000, pp. 223-276.


 1980年代半ばに「通商国家論」を展開したローゼクランス(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が、最近、「バーチャル国家論」を発表した(単行本は、数年前『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載された論文の拡張版である。Richard Rosecrance, "The Rise of the Virtual State," Foreign Affairs, Vol. 75, No. 4, 1996, pp. 45-61.)。通商国家論では、発展の源泉を領土拡大に求める「領土国家」と対外通商に求める「通商国家」に国家類型を二分し、近代国際関係史を通覧しながら、今後、領土国家は後退し、通商国家が台頭するだろうと論じていた(Richard Rosecrance, The Rise of the Trading State: Commerce and Conquest in the Modern World, Basic Books, 1986)。ほぼ同時期に出版されたケネディの『大国の興亡』(Paul Kennedy, The Rise and Fall of the Great Powers: Economic Change and Military conflict From 1500 to 2000, New York: Random House, 1987)とともに、米国の相対的衰退と日本の興隆を説明するものとして、日本の学界・論壇でも注目を集めた。

 「バーチャル国家論」は「通商国家論」を情報通信技術革命時代に適合させたものである。グローバル化が進む中で、今後世界は「頭部」国家("head" nations)と「胴体」国家("body" nations)に二極化するという。頭部国家は製品開発や経営戦略立案、マーケティングなど付加価値の高い活動に専念し、製品の組み立ては胴体国家に委託するようになる。情報通信技術革命の進展によって、経済活動は時空間の制約から解放され、領土の価値は相対的に低下する。頭部国家は、分社化を進める企業と同様にダウンサイジングし、ついには「バーチャル国家」となる。バーチャル国家の典型は、ホンコンやシンガポールである。日本や西ドイツがモデルであった通商国家は、領土国家からバーチャル国家に至る中間形態であったと位置付けられる。

 マルクス主義的な従属論でも、世界を「中心」と「周辺」に二分していたが、ローゼクランスの議論はリベラルな相互依存論の延長上にある。頭部国家と胴体国家は分業を通じて密接に結びつくことで共通利益が生み出され、紛争解決の政策手段として戦争がますます非合理的になる世界を想定している点で、ローゼクランスの議論は、中心と周辺の関係を対立的に考える従属論とは性格を異にする。また、相対的パワー配分を重視し、国際政治の本質を紛争に見るリアリズムの論客ウォルツは、相互依存論以来の論敵である。(最近のウォルツの論文を紹介した田島晃氏の「グローバリゼーションと国家」、『国際問題』二○○○年一○月号参照。)

 バーナウアーとアチーニ(スイス連邦工科大学)は、グローバル化の進展に伴って実際に国家が縮小しているのかどうかを実証的に検討した。彼らは、グローバル化と国家との関係を次の四つの命題に還元する。命題1:経済的開放性は公的部門にネガティブな影響を与える。命題2:経済的開放性は公的部門にポジティブな影響を与える。命題3: 経済統合は国家間の公的部門の規模を(大きくするにせよ、小さくするにせよ)収斂させる。命題4:経済的開放性あるいは経済統合の公的部門に対する影響は、政府活動のタイプによって異なる。これらの命題を操作化するために、説明変数である経済的開放性をさらに国際貿易の開放性と国際金融の自由化度に分け、前者をGNPに占める貿易額(輸出+輸入)の割合、後者を国際金融取引に対する規制水準、被説明変数である公的部門の規模をGNPに対する政府支出の割合や税収の大きさなどに置き換え、主に世界銀行のデータに基づいて回帰分析を行った。

 分析の結果、命題1ははっきりと否定され、命題2が強く支持された。つまり、経済的開放性が高まるにつれて公的部門の規模は大きくなる傾向が現れ、ローゼクランスのバーチャル国家論は経験的に反証されたのである。また、経済統合と公的部門の規模に関する命題3については、明確な相関関係は認められず、グローバル化による国家規模の収斂は立証されなかった。さらに公的部門を活動のタイプによって区別する命題4では、安全保障支出は経済的開放性とは独立に決定されることが明らかになった(経済的開放度と安全保障支出の間に相関関係は存在しなかった)が、社会福祉や教育など他の政府活動部門と経済的開放性との間に有意な相関関係はなかった。

 科学と非科学との境界を反証可能性の有無に求めた、ポパーの素朴といってもよい科学哲学を今日支持するものは少ない。クワインのホーリズムやラカトシュのリサーチ・プログラムなどで検討された論拠から、一つの実証研究によってある理論が放棄されることはない。また、バーナウアーとアチーニも認めるように彼らの数値化には様々な問題や限界があり、ローゼクランスのバーチャル国家論が決定的に論駁されたとはいえない。さらに、相関関係の検討から因果関係を証明することは原理的に不可能である、という問題もある。

 しかし、バーナウアーとアチーニの貢献は高く評価されてよい。命題1と命題2のような対立する仮説が雌雄を決する場は実証研究しかない。因果関係の考察でも、相関関係の計測は(命題を証明することはできないものの)一定の有効性を持つ。なぜ、命題2が主張するように、経済的開放性が高まると公的部門の規模が拡大するのであろうか。世界経済が一体化するにつれて国際的競争の影響を受ける産業や労働者が保護を求めるために、グローバル化のリスクを軽減する政府の役割が増大するという、他の研究者が提出した仮説は、彼らの回帰分析から支持できないことが分かった。対外的脆弱生を示すと考えられる、輸出品目の集中、交易条件の不安定性、国家の経済規模と政府の規模との間に有意な相関関係が見られなかったからである。これは、統計的・数量的研究と記述的・質的研究が相俟って学問の発展をもたらすことを改めて示唆する、格好の事例といえよう。

(中沢 力)

発表:『国際問題』2001年1月号。

ORIGINAL CONTENTSに戻る