「第三論争」再考

―――科学像の転換

Georg Sソrensen, IR Theory After the Cold War. (Review of International Studies, December 1998, pp. 83-100.)

Alexander Wendt, On Constitution and Causation in International Relations. (Review of International Studies, December 1998, pp. 101-117.)


 本稿では、いわゆる「第三論争」を扱った二つの論文を検討する。第三論争とは、一九八○年代後半から九○年代にかけて繰り広げられた、国際関係理論の科学哲学的位置づけをめぐる大論争である。第三論争は、これに先行する第一論争(理想主義対現実主義)と第二論争(伝統主義対行動主義)の勝者である、現実主義・行動主義に対するポスト実証主義からの挑戦という形をとった。ポスト実証主義者の提起した論点には、科学像の根本的転換を迫る指摘が含まれていたが、反対の立場を貫くにせよ、主流派の実証主義者にはポスト実証主義者のテーゼは十分に理解されず、第三論争から何の教訓も学ばずに、何事もなかったかのように、今日でも実証主義こそ唯一の科学的方法であるとする傾向も見受けられる。この論争も約十年が経過し、収束に向かいつつあるように思われるので、これまでこの論争をフォローしてきた評者個人の見解も交えつつ、「第三論争」の意義を振り返ってみたい。

 ソレンセン(デンマーク・オーフス大学教授)は、ポスト実証主義論争を二点に要約している。第一に、それはメタ理論的論争である。さまざまな点で有意義であったものの、国際関係の実質的課題にはほとんど関係を持たない論争であった。第二に、実証主義、ポスト実証主義のどちらであっても、その極端な見解はわれわれの分析目的には役立たず、認識論・存在論に関して、実証主義とポスト実証主義の中間地点を見つけることが可能であり、またそうすることが望ましい。第二点について、いま少し敷衍しておきたい。

 ポスト実証主義の極端な形態は、ポストモダニズムである。ポストモダニズムは、「大きな物語」に対する不審の念に根ざしている。ここでいう「大きな物語」とは、世界に対する絶対的な「真理」を発見したとする主張である。それは進歩の物語であったり、解放の物語であったりする。実証主義者は、真理は人間の解釈とは独立にただ一つ存在し、人間に発見されるのを待っていると考える。真理は揺るぎない基盤に立脚するとされ、このような立場を「基礎づけ主義」と呼ぶ。これとは対照的に、ポストモダニストによれば、唯一の真理は存在せず、真理をめぐる論争はさまざまな解釈間の闘争である。したがって、真理はパワーと不可分に結びついている。極端な反基礎付け主義は、真理に対する主観主義・相対主義に帰結する。

 ソレンセンは、極端な実証主義と極端なポスト実証主義の中間地点を提唱する。世界に対するわれわれの理念や理論は、つねに主観と客観の両方を併せ持っている。主観主義と客観主義の中間地点(存在論的には、唯物論と観念論の中間地点)、すなわち間主観的に伝達可能な知識として、理論を捉えようとする。ここでは科学は、希望的観測や単なる推測、つまり純粋に主観的な評価にもとづくのではなく、認識共同体としての学界が正しいと認める手続きに従って、自らの見解の正当性を主張する、間主観的知識の共有を目指す活動と見なされる。

 ウェント(ダートマス大学準教授)は、理論には二つの形態があるという。因果的(causal)理論と、構成的(constitutive)理論である。これまで、国際関係論を真の科学たらしめようとする研究者は、自然科学の方法に準拠して、国際関係における因果法則の発見に努めてきた。他方、国際関係を含む人間社会全般に対して因果法則の発見に懐疑的な研究者は、感情移入による当事者への理解に力を注ぎ、科学とは別の知のあり方を探求してきた。ウェントによれば、自然科学の因果的説明と社会・人文科学の解釈的理解という二分法は実り多いものではないという。両者は、因果的説明と構成的説明という別の問題に取り組んでいるのであって、どちらも科学的説明であることに変わりはない。

 因果的説明は、次の三点を中核とする。(1) 説明変数と被説明変数の存在論的独立性、(2) 時間的に、説明変数が被説明変数に先行すること、(3) 説明変数が存在しないときは、被説明変数の現象が発生しないという反事実的条件を満たすこと、である。これに対して構成的説明は、因果的説明の第三点は満たすが、最初の二点は前提としない。XがYを構成するとは、Yの属性はXによってもたらされ、Xなしには存在し得ないということである。このXとYの関係は、因果的あるは論理的なものではなく、社会的に共有される理念に基礎をおいている。たとえば、ルクセンブルクのような小国がアナーキーな環境の中で独立性を維持できるのは、主権国家体系が存在し、他国がルクセンブルクの生存権を認めているからである。このように、主権国家体系(X)と小国の独立性(Y)は、別々には論じられない関係にある。

 ウェントは、自然科学にも社会科学にも、因果的説明と構成的説明の両方があり、因果的説明だけを科学と呼ぶのは、構成的説明による研究に二流の地位を甘受させるという点で好ましくないという。動植物や物体などの自然物(natural kinds =人間の認識と独立に存在するもの)と国民国家や通貨などの社会物(social kinds =人間の認識に依存し、社会的に構成されるもの)は存在論的位置づけは異なるが、別個の問いに答えようとしているだけで、自然科学と社会科学に認識論的差異はない。ウェントは、世界に何がどのように存在するのかという存在論的問いと、知識はどのように獲得され正当化されるのかという認識論的問いを峻別し、前者を科学者の仕事とし、後者は哲学者に任せるのがよい、と役割分担を提案している。

 評者はソレンセンの議論には些細な点を除いて異論はないが、ウェントには部分的に同意できない。それは、認識論と存在論の区別に関する点である。ウェントの真理観は、「真理対応説」にもとづいている。真理対応説とは、理論的予測と観察結果が一致したとき、その理論は真理を(ひいては実在を)言い当てていると見なす立場である。真理対応説は、理論と観察が相互に影響を与えず、独立に遂行可能であることを暗黙の前提にしている。ところが、ウェント自身、観察の理論負荷性を認めている(p. 106)。観察結果が理論に依存するなら、どうして観察によって理論を正当化できるというのだろうか。

 ここにもう一つの真理観、「真理整合説」が登場する。真理整合説によれば、科学の営みとは、実在のあるがままの姿を捉えることではなく、現象をよりよく説明する語彙を発見することである。「真理とはわれわれが信じた方がよいもの(William James)」にすぎない。真理整合説は、理論と観察結果を一対一の関係では捉えずに、理論を言説のネットワークと捉える。理論は観察結果によって反証されるのではなく、より優れた理論体系によってのみ取って替わられる。

 観察の理論負荷性をはじめ、ポスト実証主義者が論じるさまざまな理由で真理対応説は放棄せざるを得ないとすると、科学は科学者共同体が共有する間主観的認識を拡大してゆく営為と見なされよう。クーン(Thomas Kuhn)はかつて、「競合する理論間の選択を行わなければならないときだけ、科学者は、哲学者のように振る舞う」と述べた。彼は科学を群衆心理学に貶めたと揶揄されたことがあったが、科学の本質を鋭く洞察していたといえる。認識論は科学の一部を構成しているのであり、それは科学者共同体の社会的合意にのみ基礎をおいている。科学者共同体のパラダイムが安定しているときは、科学者は真理とは何かという認識論的問題には関わらない。ところが、パラダイム危機が訪れると、科学者は根本から考え直さなければならない。国際関係論においては、突然の冷戦終結がこのような機会を提供した。ウェントは、存在論と認識論を峻別すべきだと主張するが、パラダイムが安定している通常科学(normal science)期には認識論は深層部に隠されているだけで、両者は密接に結びついている。したがって、社会科学者を含む現場研究者も、ときには自らの寄って立つ認識論的基盤を反省することが大切なのである。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1999年4月号

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