地雷問題に立ち向かう脱国家市民社会

Richard Price, Reversing the Gun Sights: Transnational Civil Society Targets Land Mines. (International Organization, Vol. 52, No. 3, Summer 1998, pp. 613-644.)


 対人地雷全面禁止条約が来年(一九九九年)三月一日に発効することが決まった。我が国も原加盟国として、同条約体制に参加する。同条約は、対人地雷の使用、開発、生産、取得、貯蔵、保有、移譲を禁止する包括的なもので、加盟国は条約発効四年以内に保有する地雷を廃棄し、埋設した地雷は十年以内に除去しなければならない。同条約には、米露中などが参加しておらず、未解決の課題も多いが、同条約体制形成過程には、理論的にも実証的にもきわめて興味深い論点が含まれている。

 リチャード・プライス(ミネソタ大学助教授)は、これまでに化学兵器禁止条約や核兵器先制不使用規範を扱った研究を発表している、新進気鋭の国際政治学者である(Richard Price, The Chemical Weapons Taboo, Cornell University Press, 1997)。本論文においてプライスは、対人地雷全面禁止条約成立をめぐる国際政治過程を、コンストラクティビズム的視角から詳細に分析している。この政治過程を特徴づけるのは、非政府組織(NGO: non-governmental organizations)のネットワークからなる脱国家市民社会(transnational civil society)が果たした積極的な役割である。同条約成立過程では、国際赤十字委員会や地雷禁止国際キャンペーン(ICBL: International Campaign to Ban Landmines)をはじめとする民間活動団体や市民運動の働きかけによって、対人地雷をタブーとする新しい国際規範が生まれた。脱国家市民社会が国家を「教育」し、国家の利益認識を変更させ、ひいては国際社会に一定の変容をもたらしたと言える。本稿では、まずプライスの抽出したNGOの政治戦略を概観し、次に理論的インプリケーションに触れ、最後に今後の研究課題を指摘したい。

 対人地雷は、最近まで通常兵器の一つと考えられ、機関銃や戦車などと同様、必要悪として存在が認められ、とくに問題視されることはなかった。なぜ短期間に新しい国際規範が生まれ、百二十カ国以上が対人地雷全面禁止条約を締結するに至ったのであろうか。プライスによると、対人地雷禁止規範を国家に受け入れさせるために、脱国家市民社会は次の四つの政治戦略(彼は、「教育技法(pedagogical techniques)」という言葉を用いている)を採ったという。(1) 情報提供による課題設定、(2) ネットワークの形成、(3) 既存規範への「接ぎ木」、(4) 立証責任の転嫁である。以下、各戦略をもう少し詳しく見てみよう。

 第一の戦略は、情報提供を通じて国家や市民社会に地雷問題の存在を知らせ、解決すべき課題として国際社会に問題提起するアジェンダ・セッティングである。六四カ国に一億一千万個もの地雷が埋設されており、これまでのペースだと新規埋設がないとしてもすべての地雷を除去するのに千百年を要する。毎週約五百人、一年で二万六千人の死傷者が出ており、その多くは女性や子供を含む民間人である。地雷は紛争終結後も罪のない人間を傷つけ続ける非人道的兵器である。このような情報が国際赤十字委員会などから公表され、マスコミにも広く取りあげられた。プライスは、人道問題の所在を明らかにし、その解決を訴えるNGOを、「道徳的企業家(moral entrepreneurs)」と呼んでいる。

 第二の戦略はネットワーク構築である。これは、NGOが国連などの国際組織や、活動の趣旨に賛同する国会議員などと連携して、対人地雷禁止を目指す運動である。カナダやオーストラリアなど、地雷問題に積極的な国では、NGOが代表団の一員として国際交渉のテーブルにつく場面もあった。また、ICBL自体、六十カ国、約千団体の民間組織連合体である。NGOが国境を越えて連携するのに、インターネットなど情報通信技術の発達が貢献した。ワールド・ワイド・ウェッブや電子メールを利用することで、国境に縛られない「仮想共同体(virtual communities)」が生まれたという。

 第三は「接ぎ木(grafting)」戦略と名付けられている。既存の規範を手掛かりに、それと関連づけることで、新しい規範を流布する戦略である。地雷問題では、すでに正統性を獲得した国際戦争法の規範である、非戦闘員保護規範や不必要な苦痛の回避規範、化学兵器のタブーなどと結びつける手法が駆使された。

 第四の戦略は、立証責任の転嫁である。反地雷キャンペーンを通じて、地雷問題は軍縮問題ではなく人道問題であるという言説が展開され、プリンセス・ダイアナの活動や衝撃的な死、ICBLが九七年ノーベル平和賞を受賞するに及んで、この言説に抵抗することが難しくなった。地雷禁止に反対するものは、地雷の軍事的効用が人道的コストをはるかに上回ることの立証を迫られた。対人地雷の即時全面禁止に反対する米国でさえ、地雷輸出停止と代替兵器開発を表明せざるをえなかった。確立した規範であっても、遵守されるとは限らない。規範の力は、規範から逸脱するときに、何らかの正当化を要求する点にある。

 次に理論的インプリケーションを簡単に考察してみたい。これまで脱国家市民社会論は、主に環境問題や人権問題など、非安全保障分野の実証研究の中で論じられてきたが、プライスは脱国家市民社会論を地雷問題という安全保障分野に適用可能であることを示した。それも、NGOの巧妙な言説戦略によって、地雷問題を安全保障問題ではなく人道問題と再定義することを通じて、新しい規範が国際社会に受容される過程を明らかにした功績は大きい。「世界政治(world politics)は言語政治(word politics)である」という、コンストラクティビズムのテーゼを実証的に提示して見せた。

 国際社会には、リアリストの描く世界像とは異なって、国家以外にも無視できない行為主体が存在しており、非国家主体のネットワークが国家を内外から包み込むように形成されつつある。国際場裡(アリーナ)は物質的パワーのぶつかりあう場であるとともに、言説のパワーが強力に作用する場でもある。世界には意味が充填しており、規範という形で国家の行動を規制している。これまでも、ある時点まで許されていた行為に対して、規範によって禁止が制度化された事例は数多い。たとえば、海賊行為や奴隷貿易、稀少生物の取引、植民地支配などである(Ethan Nadelmann, "Global Prohibition Regimes: The Evolution of Norms in International Society," International Organization, Vol. 44, No.4, 1990, pp. 479-526. Robert Jackson, "The Weight of Ideas in Decolonization: Normative Change in International Relations," in Judith Goldstein & Robert Keohane, Ideas and Foreign Policy: Beliefs, Institutions, and Political Change, Cornell University Press, 1993, Chap. 5)。

 リアリストは、規範の消長を大国のパワーと利益で説明しようとするが、今日どのような大国であっても奴隷貿易を正当化することができないことから明らかなように、規範はひとたび確立すると不可逆的な効果を持つ(これを「進歩」と見なせるかどうかは別問題である)。リアリストは、当為(すべき)と存在(である)を明確に区別することを力説し、「すべき論」はユートピア的であるとして退けてきた。しかし、現実の国際政治には多くの規範が存在し、規範を直視しないことこそ非現実的であることを、われわれは二つの世界大戦と冷戦を経験したのち、再発見したのである。

 だが、国家は予見しうる将来に消滅しそうもなく、また物質的パワーが国際政治を大きく規定し続けることも否定できない。国家と脱国家市民社会との関係、物質的パワーと言説的パワーの相互作用の理解を深めていくことが、今後の課題であろう。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1999年1月号

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