情報化時代におけるパワーと相互依存

Robert O. Keohane and Joseph S. Nye, Jr., Power and Interdependence in the Information Age. (Foreign Affairs, Vol. 77, No. 5, September/October 1998, pp. 81-94.)


 コヘイン(デューク大学教授)とナイ(ハーバード大学教授)の『パワーと相互依存』(以下、P & I と言及)が出版されてから、早くも二十年以上が過ぎた(Robert O. Keohane & Joseph S. Nye, Power and Interdependence: World Politics in Transition, Little, Brown and Company, 1977)。P & I は、ベトナム戦争の終結、冷戦の緊張緩和(デタント)、金=ドル兌換を基礎とするブレトンウッズ体制の崩壊、第一次石油危機などの激動する世界情勢を見据えて、モーゲンソーの『国家間の政治』(Hans J. Morgenthau, Politics among Nations: The Struggle for Power and Peace, 4th ed., Knopf, 1967)に取って代わる、世界政治分析の新標準をうち立てようとする野心作であった。この二十年あまりの間に世界は大きく変化したが、同書の学問的価値は失われていない。それは、モダニストとトラディショナリストの調停を図ろうとする、P & I で提起された大テーマが、いまだに解決していないがゆえにかえって緊要な課題として、われわれの前に残されているからであると思われる。

 モダニストは、電気通信やジェット飛行機などの科学技術の発達によって「グローバル・ビレッジ」が生まれつつあり、遠からず、領土国家は衰退して、多国籍企業・脱国家的社会運動・国際組織といった非領土的主体が世界政治の中心を占めるだろう、と論じた。トラディショナリストは、ナショナリズムの高揚、発展途上国による多国籍企業の国有化、権威主義的政治体制による情報統制などを指摘して、世界政治における今日でも変わることのない、軍事的パワーの重要性と領土国家・国民国家の中心性を力説した。

 これに対して P & I の両著者は、どちらか一方に与することなく、モダニストとトラディショナリストの英知を総合して、相互依存の深化した世界政治を分析するための一貫性ある理論的フレームワークの構築を目指した。現代の世界政治は、縫い目の見えない織物ではなく、多様なタピストリーの集まりである。このような世界を分析するためには、ただ一つの理論的モデルでは不十分であると論じ、リアリズムと複合的相互依存を理念形として対置して、それぞれのモデルの成立条件を明らかにしようと試みたのである。

 本論文において、コヘインとナイは、P & I を振り返りながら、同書の基本的主張は今日のサイバースペース時代にも当てはまると主張している。モダニストは、技術進歩や社会的・経済的交流の増大がもたらした世界変化の方向性を鋭く洞察したが、その政治的帰結を過度に単純化してしまった。パワーの保持者が、国家間の相互依存パターンを形成し、ときには歪めさえするという事実に対する理解が不足していた。トラディショナリストが言うように軍事的相互依存も引き続き存在している。しかし、トラディショナリストの世界理解もまた、不十分である。トラディショナリストは、経済的・社会的・環境的相互依存を説明できないからである。コヘインとナイは、リアリストよりはモダニストに近い世界観に立ちながらも、国家はモダニストが予想したよりも生命力があること、サイバースペースを統御するにはルールが必要であり、ルールは権威を要求すること等に注意を喚起して、誰がどのような条件で支配するのかという古典的政治は、サイバースペース時代にも妥当性を持ち続けるに違いない、という議論を展開している。

 コヘインとナイは P & I で、複合的相互依存(complex interdependence)の特徴として、次の三点を挙げていた。すなわち、(1) 国境を越える交流チャンネルが多元的になり、専門外交官による外交関係の独占的コントロール能力が低下すること、(2) 軍事・安全保障問題を頂点とする、国家の政策目標の階層性が崩壊すること、(3) 政治目的追求の手段として、軍事力の果たす機能が低下すること、である。コヘインとナイは、情報革命の進展によって、社会間の交流チャンネルが飛躍的に拡大したことは認めるが、複合的相互依存の他の二つの要因には劇的な変化がみられない、と論じる。情報化時代の国際関係においても、いまだに軍事力は顕著な役割を果たしているし、危機に臨めば、安全保障の優先順位が他の対外政策課題をしのぐ。コヘインとナイによれば、情報革命が国際政治を完全に複合的相互依存に転換することができなかった根本的理由は、情報は真空を流れるのではなく、既存の政治的空間を通過するからである、という。情報革命が政治に影響を与えたのは確かだが、逆に、政治の方も情報革命のあり方を決める力を持っている、というのである。

 情報革命は、世界政治におけるパワーのあり方に変化をもたらした。アメとムチによるハードパワーよりも、説得や自発的同意に基づくソフトパワーの有効性が増大している。大量の情報があふれた社会では、情報を蓄積することよりも、情報を選別・編集して提供する能力がものをいう。このことは軍事力を代表とする物質的パワー(ハードパワーの源泉)の重要性が低下したことを必ずしも意味しないが、湾岸戦争で示されたように、戦車や航空機などの火力それ自体の価値は低下している。現代戦争では、これらの火力を制御する情報システムの優劣が帰趨を決する。ハードパワーの源泉としても、情報技術は最も重要な要素となりつつある。

 ソフトパワーは、理念や文化の魅力によって、他者に自己と同一の価値認識を保持するようにさせる政治力である。ソフトパワーの条件は、信頼(credibility)・名声(reputation)・透明性(transparency)を確保することにある。情報化時代の世界は、国家だけの世界でも、非国家組織だけの世界でもない。信頼性を基礎として、情報を支配する者が世界を制する。国家も企業も、財政状況などを秘密にしておくことはできない。たとえ秘密にできたとしても、信頼の喪失という高価な代償を支払ったうえでのことである。コヘインとナイは名指しこそしていないが、現在のロシアや日本のような国は、ソフトパワー時代には大国の地位を失うかもしれないことを、本論文は示唆しているといえよう。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1999年1月号

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