Joseph S. Nye, Jr., "In Government We Don't Trust," (Foreign Policy, Fall 1997, pp. 99-111.)
ある世論調査によると、1964年には回答者の約3/4の人々が米連邦政府を信頼すると答えたのに対して、最近ではその数は1/4〜1/3にとどまるという。また、この傾向は合衆国だけでなく、欧州やカナダ、日本など、多くの先進諸国でみられるという。しかし、これは1970年代に喧伝された「民主主義の危機」とは異なる。なぜなら、大多数の国民は現在の民主政治よりも望ましい政治体制はないと考えているからである。それではなぜ、この30年余りの間に、先進民主主義国の政府の信頼は低下してしまったのか。ジョセフ・ナイは、他の先進諸国も視野に入れながら、主に米国において実施された世論調査の結果などを踏まえ、その原因について17の仮説を立て、ひとつひとつ検討している(付表「政府の信頼性低下の原因についての仮説」を参照)。
これらの仮説のどれかひとつですべてを説明することはできないとしながらも、ナイは国民意識の変化にもっとも注目しているようである。生存よりも生活の質を大切に考え、コミュニティや家族よりも個人を重くみる「ポストモダン的価値」(イングルハート)の浸透である(Inglehart, Ronald, Culture Shift in Advanced Industrial Society. Princeton, NJ: Princeton University Press (1990). 『カルチャーシフトと政治変動』村山皓ほか訳、東洋経済新報社、1993年)。このような価値観の転換が、先進諸国におけるあらゆる権威や制度に対する信頼の失墜につながっている、というのである。このほかにナイが有力とみる仮説は、第三次産業革命(情報革命)の興隆や、メディアの役割の変化である。情報革命は新しい雇用を創出する一方で失業者を生み、国民は不安や不満を、底流にある経済的・歴史的力に対してではなく、政府に向けるのである。またマスメディアは、政治家のスキャンダルや政党のネガティブ・キャンペーンばかりを伝え、政治不信を助長している。
それでは今後、政府や国民国家はなくなってしまうのだろうか。ナイはそうしたことは望ましくもないし、その可能性もほとんどないと考えている。グローバル化した世界経済の中では安定した政府があってこそ海外から投資を呼び込むことができるし、教育が優秀な労働力や科学技術力を生み、これが競争力の基礎となり、ひいては国民の生活水準を向上させるのである。またポスト冷戦期の今日でも、安全保障、とくにテロや武器拡散の脅威はなくなっていないし、これらの問題に対処できるのは政府という制度だけである。来世紀に至るまで、国民国家は、人々の安全とアイデンティティと繁栄の主要な源泉と見なされるだろう。
しかし今後、政府の役割や機能が変化しないかというと、そうではない。グローバリゼーションと情報革命というマクロな流れの中で、新しいガバナンス(統治)構造が生まれようとしている。政府機関がマーケットや非営利組織とガバナンスをシェアする場面も増えるだろう。これからわれわれは、さまざまなレベルで、より複雑化した政治の世界を目撃することになろう。
ここに紹介した論文は、まもなく刊行される著書の抜粋であるという(Nye, Joseph S., Why People Don't Trust Government. Cambridge, MA: Harvard University Press, forthcoming)。本論文では著者自身も認めているように、問題への解答よりも疑問点がより多く浮かび上がっている。これから発表される一冊の著作では、政府の信用低下の原因を探るばかりでなく、信頼回復の処方箋が明らかにされることを期待したい。
(中沢 力)
発表:『国際問題』1998年1月号