アセアン地域フォーラムと日本の安全保障政策

Tsuyoshi Kawasaki, "Between Realism and Idealism in Japanese Security Policy: The Case of the ASEAN Regional Forum," (The Pacific Review, Vol. 10, No. 4, 1997, pp. 480-503.)


 アセアン地域フォーラム(ARF)は、1994年7月にタイのバンコクで発足したアジア太平洋地域初の本格的な地域安全保障協力機関である。参加国には、アセアン加盟国はもとより、日本・米国・中国・欧州連合(EU)・ロシアなどが名を連ねている。成立以来毎年、閣僚級の会合を開き、軍事情報の交換などを通じて地域の信頼醸成に貢献している。欧州では、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構が対峙しつつも、冷戦期(1975年)から東西両陣営が参加する共通の話し合いの場として、全欧安保協力会議(CSCE)が設置されていた(95年1月から全欧安保協力機構 [OSCE] へと組織強化)。これに対して、アジア太平洋地域では、日米安全保障条約に代表される米国を中心とした二国間条約網と中ソ対立とが複雑に絡み合い、さまざまな構想・提案はあったものの、地域全体を包括する多国間安全保障体制の確立は、アセアン地域フォーラムまで実現することはなかった。

 本論文の目的は、アセアン地域フォーラムの成立にリーダーシップを発揮した日本の安全保障政策が、どのような理念に立脚したものであったのかを明らかにすることにある。研究手法としては、政策立案者へのインタビュー、各種会議の報告書、オピニオンリーダーの論壇への投稿論文等を資料に用い、日本の安全保障政策をめぐる政策理念を抽出することから始めている。川崎剛(カナダ・サイモン・フレイザー大学政治学部助教授)は、日本の安全保障政策決定に影響力を持つグループを、理想主義者(Idealists)、現実主義者(Realists)、リベラリスト(Liberals)の三つに分けた。これらグループは国際関係理論でいえば、批判理論、リアリズム、ネオ・リベラル制度主義にそれぞれ相当するという。そして、アセアン地域フォーラム成立に向けた我が国の安全保障政策は、リベラリストの安全保障観に基礎づけられたものであったと結論している。

 「理想主義者」は、社会党などの左派政治家、『世界』『軍縮問題資料』などで発言する進歩的な学者、平和活動家等からなる。彼らは、戦争に事欠かない国際システムを乗り越えて、軍事紛争のない平和な国際社会を建設することを理想とし、アセアン地域フォーラムは、この理想実現への第一歩であると高く評価していた。アセアン地域フォーラムが、長期的に日米安保条約の解消につながることを期待したからである。彼らの理念は市民運動を重視するロバート・コックス(Robert Cox)のカウンター=ヘゲモニー論による部分もあるが、理論的により重要なのは、ラギーらの多国間主義(multilateralism)を軍事安全保障分野に適用したことである(John Gerard Ruggie, ed., Multilateralism Matters: The Theory and Praxis of an Institutional Form, New York: Columbia University Press, 1993)。 多国間主義の要点は次の通りである。すなわち、(1) 福祉の不可分性(indivisibility of welfare )、(2) ルールの無差別適用 (non-discriminatory or equal application of generalized principles)、(3) 拡散した相互主義 (diffuse reciprocity)、である。本論文の事例に当てはめていうと、アジア太平洋地域全体の安全保障を不可分に考え、仮想敵国を想定せず、すべてのメンバーを対等に扱い、自国の軍縮や情報開示に直接的な見返りを求めないようなシステムを構築することによって、日本を取りまく安全保障環境をホッブズ的世界から転換することを目指すのである。

 「現実主義者」は防衛庁に近い安全保障問題専門家を典型とするグループで、彼らは勢力均衡(balance of power)の観点から国際安全保障を考えている。勢力均衡はその定義からいって、国際政治を利害の対立するグループ間のパワーの対抗とみるのであって、多国間主義的世界観とは両立しない。戦後日本の安全保障論議の文脈では、多国間主義は日米安保を否定するものと考えられ、右派は多国間主義をつねに警戒してきたのである。ポスト冷戦の日本の安全保障では、中国が仮想敵国とされ(福祉の不可分性の否定)、中国の軍事行動を縛る方便として役立つ限りにおいて(ルールの無差別適用の否定)、相手の出方次第という条件付きで(拡散した相互主義の否定)、アセアン地域フォーラム構想は現実主義者によって支持されたのである。

「リベラリスト」は外務省に近い実務家、学者などからなり、日米安保体制堅持など、現実主義者と見解を共有する部分も多いものの、日本のアジア侵略に対する反省のように理想主義者との共通基盤もみられ、安全保障の理念に関して、現実主義と理想主義のあいだに定位している。冷戦の終焉によって、アジア太平洋地域にこれまでは不可能であった多国間地域安全保障体制設立の条件となる「共通利益」が生じた、とリベラリストは考えた(ネオ・リベラル制度主義者にとって、共通利益の存在は国際レジーム形成の前提条件である)。彼らは、(1) 中日米三大国間の安定が望ましい、(2) 朝鮮半島を除いて大きな敵対関係はアジア太平洋地域に存在しない、(3) 地域の安定のためには相互の不信感を取り除くことが必要である、(4) 民間の交流を促進しながら、経済や環境など広範囲の問題を安全保障対話で扱うべきである、との認識を持っていた。これらの政策目標に格好の手段を与えたのがアセアン地域フォーラム構想であった。ただしフォーラムの機能は防衛政策情報の交換と対話による不透明性の除去等、軍事同盟色の薄いものに限られ、アセアン地域フォーラムは日米安保体制を無効にするものではなく、むしろ補完するものとされた。これまで日本の安全保障政策の根幹とされてきた日米同盟と両立しうるとされた点で、内外の広い支持を集めることができ、リベラリストの理念が現実の政策に反映されることになったと考えられる。

 本論文は、理論と実証のバランスのとれた優れた研究である。国際レジーム論の観点からすると、(1) 貿易、金融等のいわゆるロー・ポリティクスの領域における国際協調の問題を中心に発展してきたレジーム論を安全保障分野(ハイ・ポリティクス)に適用したこと、(2) これまで研究が手薄であった国際レジーム形成の国内要因に対する理解を深めたこと、(3) レジーム形成の代表的な三つの説明変数(パワー・利益・理念)のうち、最近もっとも注目を集めている理念にフォーカスした研究であること、などが特長としてあげられる。あえて苦言を呈するなら、本論文では、目的のところでも触れた通り、日本のアセアン地域フォーラムに対する政策がどのような理念にもとづいたものであったのかを明らかにしたのにとどまり、同地域に対する日本の安全保障政策において、さまざまな理念が競合する中からどのようにしてリベラリストの理念が勝利するに至ったのか、その政治過程がほとんど明らかにされていない点に不満が残る。理念がどのように生まれ、どのように広まり、どのように政策に反映されてゆくのかという「理念をめぐる政治」の解明こそ、エキサイティングなリサーチ・フロンティアのひとつであると評者は考えている。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1998年4月号

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