国際政治経済学の研究動向を回顧する:

―――米国を中心として

Peter J. Katzenstein, Robert O. Keohane, & Stephen D. Krasner, International Organization and the Study of World Politics. (International Organization, Vol. 52, No. 4, Autumn 1998, pp. 645-685.)


 本論文は、作業の遅れのため実際には第五二巻となってしまったが、『インターナショナル・オーガニゼーション』誌五○周年記念号として準備されたプロジェクトの巻頭論文である。共著者は、ここ三○年ほど学界を牽引してきた、カッツェンスタイン(コーネル大学教授)、コヘイン(デューク大学教授)、クラズナー(スタンフォード大学教授)である。彼らは、国際関係論のサブフィールドである、国際政治経済学の誕生と発展を回顧し、今後研究が進むべき方向性を展望している。

 貿易・金融など、国際経済活動の政治的側面を研究する国際政治経済学は、主に『インターナショナル・オーガニゼーション』誌を舞台として、一九七○年代初頭に誕生した。一九六○年代末頃までは、国際政治と国際経済は相対的に独立した領域として、それぞれ独自のロジックに従って動いているように見えた。ところが、七○年代に入ると、いわゆるニクソン・ショック(金=ドル交換停止声明)や石油危機、日米貿易摩擦、南北問題の深刻化など、「経済の政治化」が進行した。こうした世界の変化を踏まえて、現実的にも学問的にも、相互依存の管理が国際政治の主要な課題の一つになった。

 国際貿易・国際金融・多国籍企業の活動などを研究領域としてきた国際政治経済学は、近年、環境や人権といった、狭義の経済問題を超えたグローバル・イシューにも研究関心を拡大している。また、国際政治経済学の知見が、従来高度に政治的な領域と見られた、軍事・安全保障問題に適用されることも、最近では珍しくなくなった。誕生から日が浅い国際政治経済学ではあるが、国際政治学・関係論全般にわたって大きな影響力を持つに至ったといえよう。

 国際政治経済学は、実証重視の経験科学として、上に述べたように現実世界のさまざまな国際問題を研究対象としてきたが、少なくとも米国においては、複数の理論的研究プログラムの競合として展開したところに最大の特徴がある。競合する研究プログラムとして、世界システム全体を対象としたマクロレベルでは、初期にはリアリズム(覇権安定論)、リベラリズム(脱国家論・相互依存論)、マルキシズム(従属論)が対立し、最近ではネオリアリズム統合とコンストラクティビズムの対抗が見られる(後述するように、コンストラクティビズムにはさまざまな分派がある)。もう一つの大きな研究の流れとしてミクロレベルでは、国内政治社会と国際経済の関係に焦点を当てる比較政治学的研究系統が存在し、近年では、マクロレベルの潮流とミクロレベルの潮流との橋渡しを試みる研究動向に注目が集まっている(Helen V. Milner, "Rationalizing Politics: The Emerging Synthesis of International, American, and Comparative Politics," International Organization, Vol. 52, No. 4, pp. 759-786)。

 本論文が、各学派の代表的研究者の共同論文であることは、米国において国際政治経済学が理論中心の発展をしてきたことを象徴的に示している。カッツェンスタインは比較政治経済の研究から出発し、最近ではコンストラクティビズムの推進者の一人である。コヘインは、脱国家論・相互依存論・国際制度論へと議論の重点を移動させながらも、一貫してリベラリズムの見地から国際政治経済学を主導してきた。クラズナーは、リアリズムの立場から、パワーや相対的利得配分をめぐる闘争が、依然として国際政治経済の本質であると訴え続けている。

 カッツェンスタインらは、現在進行中のネオリアリズム統合とコンストラクティビズムの論議を理解するには、過去三○年余りの研究史を振り返るのが有意義であるとして、国際政治経済学の研究動向を回顧している。本論文は詳しい文献リストを備え、国際政治経済学の簡要な入門案内になっているが、ここでは過去の論争を紹介する余裕はない。以下、ネオリアリズム統合とコンストラクティビズムの対話に焦点を絞りたい。

 実は、本論文ではネオリアリズム統合という言葉は用いられておらず、ネオリアリズム・ネオリベラリズムの総称として、合理主義(rationalism)という呼び名が使われている。ネオリアリズム・ネオリベラリズムは、アクターによる目的―手段間の合理的選択(rational choice)によって、行為を説明しようとする。認識論としては、広義の実証主義に基礎を置き、因果仮説による体系的研究を志向する。これに対して、コンストラクティビズムは、社会的行為の本質を目的―手段間の合理的選択に求めず、そのような合理的選択の前提となるアイデンティティや選好の社会的形成過程に着目する。認識論としては、ポスト実証主義に依拠して狭義の因果的説明に限定せず、行為の社会的文脈としての構成的ルール(constitutive rules)の解明を通して、行為を説明しようとする。(John Gerard Ruggie, "What Makes the World Hang Together? Neo-Utilitarianism and the Social Constructivist Challenge," International Organization, Vol. 52, No. 4, pp. 855-885)。

 カッツェンスタインらは、コンストラクティビズムをさらに三つのバリエーションに区別している。従来型(conventional)・批判的(critical)・ポストモダン(postmodern)の三分派である。

 従来型コンストラクティビズムは、社会学の視点を国際関係論に持ち込んだもので、社会的に構成された規範やアイデンティティが行為主体の選好を形成し、行為主体間の相互作用を通して新たな規範が生まれる過程を説明しようとする。従来型コンストラクティビストは観念論的存在論に立ち、唯物論的存在論に立脚する合理主義とは相容れないところがあるが、認識論・方法論に関して大きな差異はない。

 批判的コンストラクティビズムは、従来型コンストラクティビズムと観念論的存在論を共有するが、認識論・方法論について異なった見解を持つ。批判的コンストラクティビズムは、被覆法則(covering laws)モデル、すなわち特定事態を一般的因果法則の一事例と見なす方法を社会現象へ適用することに懐疑的である。しかし、従来型コンストラクティビズムとともに、批判的コンストラクティビズムも、経験的研究の重要性は否定しない。

 ポストモダン・コンストラクティビズムは、観念論的存在論を従来型コンストラクティビズム・批判的コンストラクティビズムと共有し、言説(discourse)を重視する点で批判的コンストラクティビズムと共通項を持つ。しかし、経験的社会科学の可能性を否定し、中立的な「真理」は存在しないとする点において、他のコンストラクティビズムとの間に大きな溝がある。

 カッツェンスタインらは、ポストモダン・コンストラクティビズムは他のアプローチとの対論を拒絶し自己完結している、と厳しく批判する。しかし、『インターナショナル・オーガニゼーション』誌が理論に導かれた経験的研究を重視する学術誌として、ポストモダニズムやフェミニズムを排除してきたことも否めない。ポストモダニストやフェミニストは、社会の周辺部にいる「弱者」やアイデンティティの裏側としての「他者」への共感を基調としており、社会研究であることは間違いない。支配的パラダイムを持つ自然科学とは異なり、競合する複数パラダイム間の論戦を通して、われわれの社会理解は深まってきた。これからも、対話の扉を狭く閉ざしてはならないだろう。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1999年6月号

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