前途有望なコンストラクティビズム

Ted Hopf, The Promise of Constructivism in International Relations Theory. (International Security, Vol. 23, No. 1, Summer 1998, pp. 171-200.)


 コンストラクティビズムは、米国の国際関係論研究の中で、主流派のネオリアリズムやネオリベラリズムに対する挑戦として受けとめられるとともに、主流派から懐疑の目で見られているという。それは次のような理由による。第一に、コンストラクティビズムは必然的にポストモダンで反実証主義的であるという誤解が主流派に存在すること。第二に、コンストラクティビスト自身が、その理論的特徴を犠牲にせずに主流の社会科学の方法、すなわち実証主義を採用することができるのかという問題に対してどっちつかずで曖昧であること。第三に、コンストラクティビストが主流派に代わる具体的な研究プログラムを提示できないでいること、以上三点である。本論文においてホップ(オハイオ大学客員教授)は、コンストラクティビズムの主張を明らかにするとともに、コンストラクティビズム陣営内の二つのバリエーションを区別し、コンストラクティビズムの研究プログラムを提示することを目的としている(拙稿「国際関係理論のコンストラクティビスト的転回」参照)。

 まず、コンストラクティビズムの主張を確認しておこう。コンストラクティビストは、行為主体と構造が相互規定的な関係にあると考える。また、構造は物質的(material)であるばかりでなく、相互主観的(intersubjective)な認識にもとづいているとみる。行為主体、具体的には国家や国際機関、企業、非営利民間組織などは、既存の文脈(構造)の制約の下で行動するわけだが、構造は物質的・客観的に存在するのではなく、構造もまた行為主体の行動を通じて初めて再生産され、また、構造は行為主体の行動の変化によって変容すると考える。この含意として、行為主体の行動を理解するために、文化、規範、制度、規則などがもつ社会的・相互主観的な意味を知る必要性が強調される。たとえば、世界政府が存在しないアナーキーな国際システムは不可避的に自助(self-help)のシステムになると考えるネオリアリストとは違って、コンストラクティビストは、行為主体がそのような国際システムに対してどのような相互主観的理解をしているかによって、物質的条件が変わらなくても、アナーキーな国際システムは自助のシステムにも相互扶助のシステムにもなりうると論じるのである。

 以上の論点と関連して、コンストラクティビストは、行為主体が自他に対して持つアイデンティティを重要な変数と認め、アイデンティティと利益の関係の解明を目指す。これは主流派が行為主体の利益を所与(定数)と見なすのと対照的であり、主流派は行為主体の利益認識の源泉を説明できず、不完全な理論であるという痛烈な批判につながる。

 また、コンストラクティビストは、パワー概念を広く捉える。コンストラクティビストも軍事力、経済力などの物質的なパワーを否定しないが、それに加えて言説のパワー(discursive power)を重視する。構造の要素に相互主観的理解を含めたことと関連して、この相互主観的理解を制御する力として、言説のパワーに注目するのである。

 コンストラクティビストは、国際システムの変化に対して特定の規範的ビジョンを持っていない。コンストラクティビストはユートピア的・非現実的であるという認識は誤解である。コンストラクティビストは、構造の要素を物質的なものに限らず、非物質的なアイデンティティや規範を含めて変数を増やした点で、ネオリアリスト、たとえばウォルツと比べて構造変容の判定基準を緩めたと言えるが、これによって構造変容が頻繁に認められるようになったとは必ずしも言えない(Kenneth Waltz, Theory of International Politics, McGraw-Hill, 1979)。相互主観的な認識の拘束力も、また強いからである。

 ホップが提示するコンストラクティビズムの具体的な研究プログラムは、簡単に触れるだけにとどめる。まず、主流派の中心的な研究課題で、コンストラクティビストが別の視点から説明を提供できるものとして、恐怖の均衡、安全保障のジレンマ、国際協調、民主主義と平和の問題をあげている。また、コンストラクティビズム独自の有望な研究領域として、アイデンティティをめぐる政治、利益の多様性、文化と国内政治の復権、社会心理学など他分野との交流をあげている。

 ホップはコンストラクティビズムの弱点として、コンストラクティビズムは方法(アプローチ)であって理論ではない、もし理論であるとするなら、それは過程に関する理論であって結果を予測する理論ではないと言う(これは、チェッケルも指摘していた点である)。評者の言葉でパラフレーズすれば、コンストラクティビズムは存在論であって、認識論や方法論ではない、ということになる。このため、コンストラクティビズムには、その存在論的主張を共有しつつも、認識論、方法論の異なるさまざまなバリエーションがある。ホップはそれを従来型(conventional)コンストラクティビズムと批判的(critical)コンストラクティビズムの二つに分けて整理している。従来型コンストラクティビズムは、実証主義の方法に従って、変数間の関係を確定し、予測可能なモデルの構築を研究目標とする(従来型の代表的著作として、Peter Katzenstein, ed., The Culture of National Security, Columbia University Press, 1996)。より具体的には、アイデンティティ、利益、規範等と行為主体の行動パターンとの関係を一般的な仮説を組み立てて因果関係として説明し、多くの実証研究を通じて仮説を精緻化して行く方向をとる。これに対して、批判的コンストラクティビズムは、狭義の批判理論だけでなく、ポスト構造主義者やフェミニストの一部を含み、その内部は一様ではないが、社会関係に因果法則を発見しようとする努力は幻想に終わると考え、なぜ(why)ではなくいかに(how)という問題設定をして、アイデンティティや言説の生み出されるプロセスそのものを解釈的方法で理解しようとする(批判型の代表的著作として、Yosef Lapid & Friedrich Kratochwil, eds., The Return of Culture and Identity in IR Theory, Lynne Rienner, 1996)。

 従来型コンストラクティビズムの立場からすれば、実質的仮説の少ないコンストラクティビズムの現状は克服されなければならない欠点であると見なされる。一方、批判的コンストラクティビズムの立場からすれば、実証科学の基準で理論を評価すること自体が誤りである、とされるだろう。国際関係をはじめ社会関係一般は行為主体間の相互主観的認識をもって初めて意味あるものと見なすコンストラクティビズムの存在論と、人間の認識とは独立に成立する因果モデルの構築を目指す実証主義の認識論・方法論が両立するためには、人間の認識の社会的形成そのものを支配する、より上位の客観的法則の存在を仮定することが要請される。このような難点があるため、評者は前稿のチェッケル論文の紹介で、コンストラクティビズムが実証科学に吸収されつつある傾向に警鐘を鳴らした。しかし、存在論の整合性だけでは理論の優劣を論じられないのもまた確かであり、どちらのタイプのコンストラクティビズムが、主流派と競合しながら、現実の国際関係理解に役立つ理論を提供できるか、今後の展開に注目して行きたい。

(中沢 力)

発表:『国際問題』1998年11月号

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