書評「グローバル・ガヴァナンス論」 渡辺昭夫、土山實夫(編)『グローバル・ガヴァナンス―政府なき秩序の模索』東京大学出版会、二○○一年。v+323p. 評者 中沢 力 ここに取り上げる二冊は、いずれもグローバル・ガヴァナンスをテーマとした国際セミナーに提出された論文を加筆修正の上まとめたものである。渡辺、土山編は、青山学院大学と国連大学共催で開かれた「グローバル・ガヴァナンス国際会議」、ナイ、ドナヒュー編はハーヴァード大学「ガヴァナンス・ヴィジョン・プロジェクト」の成果である。両著は共に非常に質の高い論文から構成されており、グローバル化時代の国際秩序を考える際、格好の出発点となるであろう。 そもそもグロバール・ガヴァナンスとは何であろうか。この問いに答えるには、グローバル化とガヴァナンスに分けて考えるのがよいだろう。しかし、これらの概念をめぐる議論は錯綜している。近年、グローバル化(globalization)について語ることが知的流行のようになっているが、その内容は論者によって大いに異なる。懐疑論者(sceptics)は今日グローバル化が進展していること自体に疑問を呈し[1]、過激論者(radicals)はグローバル化が進行する中で国家はマーケットに支配権を譲り渡したと言う[2]。こうした状況を見て、「グローバル化について唯一のコンセンサスは、それが論争的であることだ[3]」と言われるほどである。 グローバル化についての最大公約数的な定義は、「国境を越えた交流が世界的規模に波及し浸透し連動している現状[4]」というものであろう。ナイらは、グローバリズム(globalism)とグローバル化を区別し、グローバリズムを「複数の大陸にまたがる相互依存網を含んだ世界の状態(a
state of the world involving networks of interdependence at
multicontinental distances)[5]」、グローバル化を「グローバリズムが徐々に厚みを増して行く過程(the
process by which globalism becomes increasingly
thick)[6]」と定義している。グローバリズムの起源は世界史上非常に古くから認められるのに対して、グローバル化は近年の現象であり、予見しうる将来もこの趨勢が続くと考えられている。 ガヴァナンス(governance)はふつう「統治」と訳されるが、ガヴァメント(政府)とは異なり、集権的な権力機構や強制力を持つ法を必ずしも前提としない。国内社会には「法的拘束力のある決定を下す法的に基礎づけられた社会制度[7]」として政府が存在するが、国際社会にはすべての主権国家に優越する世界政府は存在しない。この意味で、国際社会はアナーキー(無政府状態)下にあるが、国際社会に秩序がないということではない。国際社会には行為規範や紛争解決のルールがあり、通常一定の規則に従って利害調整が行われるからである[8]。こうした秩序維持の機能をガヴァナンスといい、ガヴァナンスを実施する制度が国内社会ではガヴァメントであり、国際社会ではグローバル・ガヴァナンスである。 グローバル・ガヴァナンスを世界政府が存在しない国際社会における秩序形成の問題と捉えると、これはグロチウスやカントにまで遡る「古くて新しい国際政治学のテーマ[9]」である。それではなぜ、近年グローバル・ガヴァナンスが盛んに論じられるのであろうか。それは突き詰めて言えば、さまざまな領域でボーダーレス化が進むにつれて不確実性が増し、不確実性の制御が強く求められているにもかかわらず、一国では対応しきれない現状があるからだ。 文明論的に見ると、18世紀後半の産業革命と共に始まった近代社会が情報通信技術(IT)革命の進展に伴い変質し、われわれは後期近代(あるいは「ポスト近代」)を迎えつつある、と言えるだろう。ベックは後期近代を「リスク社会[10]」と呼び、ギデンズは「暴走する社会[11]」と呼んだ。自然災害のような「外的リスク(external
risk)」は近代以前の社会にもあったが、現代社会の特徴は、地球環境の破壊、金融システム不安、国際テロなどの「人工的リスク(manufactured
risk)」にある。人工的リスクの管理は、グローバル・ガヴァナンスの重要な一側面である(ただし、グローバル・ガヴァナンスがすべて危機管理論に集約されるわけではない)。 グローバル・ガヴァナンス論が検討すべき課題は、地球環境問題、国際経済秩序、安全保障、文化とアイデンティティの問題など多岐に渡るため、問題領域ごとにガヴァナンスのあり方は異なり、個別実証的に研究する必要がある。しかし、すべての問題領域にほぼ共通するグローバル・ガヴァナンスの枠組みは、国家、マーケット、市民社会の三者が協力して世界を運営して行くというものであろう[12]。しかし、現在のグローバル・ガヴァナンスをめぐる議論は、これら三者のうちいずれか一つに偏ったものが少なからず見受けられる。現実主義者は、大国の政治的意志次第で国際的相互依存は深化もすれば後退もすると論じて、マーケットの自律的な力を軽視している[13]。規制緩和を唱え、マーケットの力を最大限に解放しようとする市場主義者は、マーケットもまた社会的に構成された制度であり、政治的・法的支えこそマーケットが機能する前提条件であることを忘れている[14]。1999年12月米シアトルで開かれたWTO(世界貿易機関)閣僚会議に押しかけた過激な環境保護団体は、国家や企業を敵にまわした市民運動が現実世界を変える力を持たないことに気づいていない[15]。 国家、マーケット、市民社会が連携してグローバル・ガヴァナンスを提供して行くとき、問題になるのはいかにして説明責任(accountability)と透明性(transparency)を確保するかである。民主主義国家であれば、政治家は民意によって選出され、国民に対して責任を持つ。ところが、国際機関の意思決定は少なからず密室で行われ、しかも国連安全保障理事会やIMF(国際通貨基金)に見られるようにすべての国家に平等な投票権が与えられないことも少なくない。マーケットは自己利益を追求する私企業からなり、国際的な通貨危機を引き起こすこともある。NGO(非政府組織)は、人権や地球環境といったある問題領域に特化しているため近視眼的な行動をとることがある。世界市民によって選出され、世界市民に対して責任をとる世界連邦政府を作ることが現実的でなく、また望ましい選択肢でもないとき、どのようにして民主的なグローバル・ガヴァナンスをうち立ててゆくかが、非常に困難ではあるが喫緊の課題であると言えよう[16]。
[1]
Paul Hirst and Grahame
Thompson, Globalization in Question, 2nd ed., Polity
Press, 1999. [2]
Thomas L. Friedman,
The Lexus and the Olive Tree, Paperback ed.,
Anchor Books, 2000. [3]
Jan Aart Sholte,
Globalization, Macmillan, 2000,
p. 39. [4]
古城佳子「国際経済」、渡辺、土山編所収、二四三頁。 [5]
Robert O. Keohane and
Joseph S. Nye, "Introduction" in Nye and Donahue, eds., p.
2. [6]
ibid, p. 7. See also, Robert O. Keohane and Joseph S. Nye,
Power and Interdependence, 3rd ed., Longman, 2001, Chapter
10. [7]
土山實夫「アナーキー下のグローバル・ガヴァナンス」、渡辺、土山編所収、九九頁。 [8]
Hedley Bull, The
Anarchical Society, 2nd ed.,
Macmillan, 1995. [9]
渡辺昭夫、土山實夫「グローバル・ガヴァナンスの射程」、渡辺、土山編所収、一頁。 [10]
ウルリヒ・ベック『危険社会』法政大学出版会、一九九八年。Ulrich Beck, World
Risk Society, Polity,
1999. [11]
Anthony Giddens,
Runaway World, Routledge,
2000. [12]
L. David Brown, et. al.,
"Globalization, NGOs, and Multisectoral Relations," in Nye and
Donahue, eds., Chapter 12. [13]
スティーブン・D・クラズナー「グローバリゼーション論批判」、渡辺、土山編所収、第2章。Robert
Gilpin, Global Political Economy, Princeton University Press, 2001. [14]
Kenichi Ohmae, The
End of the Nation State, Free Press,
1995. [15]
William C. Clark, "Environmental
Globalization," in Nye and Donahue, eds., Chapter 4. [16]
Andrew Linklater,
"Globalization and the Transformation of Political Community," in
John Baylis and Steve Smith, eds., The Globalization of World
Politics, 2nd ed., Oxford University Press, 2001, Chapter
29.
(なかざわ つとむ、放送大学非常勤講師)
発表:『国際問題』2002年3月号。